2017年06月04日

直筆


 今日、横浜駅近くで所用があり、予定が早まり、ぽっかり時間が空いたので、本屋へ行こうと思い、ふらりと、そごうへ寄り、エレベーターで上にあがった。
 すると、にわかに、司馬遼太郎氏の写真が飛び込んできた。
 チラシを手に取ると、「司馬遼太郎展」があるという。
 場所は、ここ、そごうの美術館で、日付は、6月2日から。つまり、今まさにやっている。
展.JPG



 筆者は前々から、東大阪市にある「司馬遼太郎記念館」へ行こう、行こう、と、一目でいいから、直筆の原稿用紙を、この目で見よう、みよう、と思いつつ、いまだ行くことができていない。

 それが、観ることができた。
 魂が震えた。

 筆者は、司馬遼太郎氏の大著「街道をゆく」に、ジャーナリズムを感じる。この本には、この国のかたち、が書かれているからである。


posted by ssk at 22:08| Comment(0) | 随筆

2017年05月31日

天皇陛下を全否定、安倍自公の夜郎自大極まれり


 平成二十九年五月二十九月付、のauのニュースサイト


EZニュースフラッシュ増刊号の「朝刊ピックアップ」で記事 


 「天皇陛下を全否定、安倍自公の夜郎自大極まれり」


 を企画、取材、執筆しました。



521日付の毎日新聞朝刊一面に「有識者会議での『祈るだけでよい』 陛下、公務否定に衝撃 『一代限り』に不満」という記事がある。そこには、こうある。

 「天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議で、昨年11月のヒアリングの際に保守系の専門家から『天皇は祈っているだけでよい』などの意見が出たことに、陛下が『ヒアリングで批判をされたことがショックだった』との強い不満を漏らされていたことが明らかになった。陛下の考えは宮内庁側の関係者を通じて首相官邸に伝えられた」「陛下は、有識者会議の議論が一代限りで退位を実現する方向で進んでいたことについて『一代限りでは自分のわがままと思われるのでよくない。制度化でなければならない』と語り、制度化を実現するよう求めた。『自分の意志が曲げられるとは思っていなかった』とも話していて、政府方針に不満を示したという。

 宮内庁関係者は『陛下はやるせない気持ちになっていた。陛下のやってこられた活動を知らないのか』と話す。

 ヒアリングでは、安倍晋三首相の意向を反映して対象に選ばれた平川祐弘東京大名誉教授や渡部昇一上智大名誉教授(故人)ら保守系の専門家が、『天皇家は続くことと祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割と考えるのはいかがなものか』などと発言。被災地訪問などの公務を縮小して負担を軽減し、宮中祭祀だけを続ければ退位する必要はないとの主張を展開した。陛下と個人的にも親しい関係者は『陛下に対して失礼だ』と話す。

 陛下の公務は、象徴天皇制を続けていくために不可欠な国民の理解と共感を得るため、皇后さまとともに試行錯誤しながら「全身全霊」(昨年8月のおことば)で作り上げたものだ。保守系の主張は陛下の公務を不可欠ではないと位置づけた。陛下の生き方を『全否定する内容』(宮内庁幹部)だったため、陛下は強い不満を感じたとみられる。

 宮内庁幹部は陛下の不満を当然だとしたうえで、『陛下は抽象的に祈っているのではない。一人一人の国民と向き合っていることが、国民の安寧と平穏を祈ることの血肉となっている。この作業がなければ空虚な祈りでしかない』と説明する。

 陛下が、昨年8月に退位の意向がにじむおことばを表明したのは、憲法に規定された象徴天皇の意味を深く考え抜いた結果だ。被災地訪問など日々の公務と祈りによって、国民の理解と共感を新たにし続けなければ、天皇であり続けることはできないという強い思いがある」

 このように天皇陛下の生き方を否定した連中については、当コーナー昨年1212日付「天皇退位を巡る有識者会議の動向と天皇陛下の望み」に詳報している。具体的には、次の発言である。

 「天皇は続くことと祈ることに意味があり、世襲制の天皇に能力主義的な価値観を持ち込むと皇室制度の維持が困難になる。退位をしなくても高齢化への対処は可能で、ご高齢の場合も摂政を置けばいい」(平川祐弘・東京大学名誉教授)

 「公務の負担軽減は、各皇族で分担し、量的な軽減を図り、方式も改めるべきだ。退位の制度を設けるのではなく、皇室典範を改正して高齢の場合にも『摂政』を置けるようにすべきだ」(原康男・國學院大学名誉教授)。

 「天皇の仕事の第一は、昔から国民のために祈ることであり、国民の目に触れるような活動はありがたいが、本当は必要はなく、任務を怠ったことにもならない。摂政であれば、何も問題なくスムーズにいくので皇室典範どおりにやればいい」(渡部昇一・上智大学名誉教授)。

 「退位のために皇室典範の改正も特例法の制定もすべきではない」(笠原英彦・慶應義塾大学教授)。

 「天皇のお役割は、国家国民のために『祭し』をとり行ってくださることであり、天皇でなければ果たせない役割を明確にし、そのほかのことは、皇太子さまや秋篠宮さまに分担していただく仕組みを作るべきだ。ご譲位ではなく、摂政を置かれるべきだ」(櫻井よしこ・ジャーナリスト)。

 「ご高齢の現状に鑑みて、国事行為の臨時代行こそが最も適した対応だ。法的な措置を要することは、与野党が一致するまで見送るのが相当で、天皇より上皇の方が権威を持つ『権威の分裂』という事態がありうるので、退位にはよほど慎重でなければならない」(今谷明・帝京大学特任教授)。

 「退位を認めると皇室制度の存立を脅かす。退位を実現すれば、憲法上の瑕疵が生じ、皇位の正統性に憲法上の疑義を生じさせる」(八木秀次・麗澤大学教授)。

 いうまでもなく、これらの面々は、安倍晋三と思想を共有している。要するに、これら天皇陛下を苦しめる発言は、安倍自公政権の言葉に等しい。

 明治以降、これほど天皇陛下を軽んじた政権は、絶無である。例えば、西郷隆盛がこの事態を知ったら、慟哭して、ゆっさ(いくさ)を起こすに違いない。無論、西郷だけではない。この国をつくった全ての先人たちは、安倍自公を許すまい。

 安倍自公の夜郎自大ここに極まれり。驕れる安倍自公は、これから先、必ず落ちていく。野党はその時のために力をつけるべきである。(終)

posted by ssk at 10:43| Comment(0) | 記事

2017年05月28日

「共謀罪」衆院通過にみる「巨悪」の正体

 平成二十九年五月二十六月付、のauのニュースサイト


EZニュースフラッシュ増刊号の「朝刊ピックアップ」で記事 


 「「共謀罪」衆院通過にみる“巨悪”の正体」


 を企画、取材、執筆しました。



 「共謀罪」法案が23日、衆院本会議で自民、公明、日本維新の会等の賛成多数で可決され、衆院を通過した。野党は審議の継続を訴え、採決そのものに反対したが、与党が押し切った。(24日付朝日新聞朝刊)

 なお、与党の一角で自称・平和の党である公明党について、こんな記事が載っていた。それは、14日付日刊ゲンダイ電子版の、「創価学会員50人に聞いた『あなたは共謀罪に賛成ですか』」という記事。そこには、こうある。

 「内心を罰することから、平成の治安維持法ともいわれる「共謀罪」。戦時中、創価学会初代会長の牧口常三郎氏と、2代目会長の戸田城聖氏は、治安維持法違反で投獄され、牧口氏は終戦直前に獄死した。

 支持団体がそんな歴史を持つのに、公明党は自民と維新とタッグを組んで、18日に共謀罪の衆院採決を強行する気だ。創価学会の人々は共謀罪をどう見ているのか――。本紙記者は12日、創価学会総本部をはじめ、関連施設が集中するJR信濃町駅周辺で、学会員を直撃。2080代の男女50人(男18人、女32人)から回答を得た」

 「「中身がよく分かりません。公明党は賛成しているのですか」(50代女性)、「知らん。興味ない」(60代男性)、「名前は聞いたことがある」(20代男性)」

 「「共謀罪は学会内で話題にすらなっていない。テロ対策など自分には関係ないと思っていて、皆、ピンときていない。私も詳細を知りません」(60代男性)」

 「圧倒的多数は「分からない」で、38人にも上る」

 また、賛否を鮮明にした人のうち、「五輪もある」(40代女性)など賛成は7人で、「もっと議論すべき。今国会で成立させる必要はない」(70代男性)など慎重派は4人いたという。

 なお、戦前生まれの80代男性は、こう述べたという。「共謀罪は絶対ダメだ。ちょっとでも怪しい国民を見つけたら、憲兵や特高がやってきて捕まえる。やりたい放題です。私は小さかったが、当時の雰囲気を今でも覚えていますよ。牧口、戸田先生だけではない。ほとんどの宗教は治安維持法でやられました。若い人には分からないのでしょうか」

 やりきれない表情でそう嘆いていた。創価学会内が“圧倒的無関心”の中、共謀罪は成立しようとしている」

 いうまでもなく、創価学会=公明党は、小選挙区制のなかで、常に信者を総動員して自民党を勝たせてきた。それだから、この国を動かしているのは、我々である、という意味のことを、創価学会はたびたび公言している。

 つまり、共謀罪が519日に衆議院法務委員会で強行採決され、23日の衆院本会議を通過し、成立しようとしているのは、創価学会のせいといっても過言ではない。

 そして、その集票マシーンである信者の実体は、自分達が投票した政治家たちが何をしているのかを全く理解していない、理解しようともしない、という低能ぶりである。それでいて、選挙のたびに、ロボットのように投票し、周囲にも、自民党、公明党に投票するよう、死に物狂いで勧誘し続けている。

 また、上記記事によると、共謀罪に内心では反対している信者もなかにはいるようだが、では、投票でその反対の意志表示をしているかといえば、していないに違いない。つまり、自分の意志とは反対の投票行動をし続けている。このような集団が国を席巻して、民主主義がゆがまないわけがない。

 本当の“巨悪”とは、ヒトラーのようなことを為す悪魔の如き者を指すのではない。そのような者を国のトップに選ぶ大衆こそ、“巨悪”である。

 要するに、本当の“巨悪”とは、上記記事にあるような、度し難い「凡庸」「低劣」「無関心」にこそある。(佐々木奎一)



posted by ssk at 22:15| Comment(0) | 記事