2016年01月21日

検証「育鵬社の教科書」 反知性的封建主義、愚民下政策のトゥールとして 三

P3839Pは、「法と私たちの生活」という大見出しの章。大見出しの下には、破線入りで、「なぜ法は必要なのでしょうか。また、法を守るためには何が必要でしょうか」とある。

 さらに、「法を守らないと罰則が適用されることもあります」という文言や、交差点で交通整理をする警察官や、サッカーの試合の写真入りで、「身近なルールを守ることが大事です。」「ルールが守られるからこそ、ゲームも円滑に行われます。」とあり、「社会の秩序を維持し、みんなの自由や安全を守るためには、ときとして各(おのおの)が少しずつ不自由をがまんする必要があります」と、秩序維持のために自由を制限し我慢するよう説いている。

 そして、「法に基づく政治」という小見出しで、「行政は、すべて法に基づいて行わなければなりません。これを法治主義とよびます。法は、国家の基本となる憲法を頂点として、法律、命令・規則があります」とあり、「法律は国の唯一の立法機関である国会で制定され、その法律は憲法の精神に基づいたものでなければなりません。法律とは国民自身が定め、守ると決めたルールであり、これを守らなれば罰せられることもあります」と、国民が憲法にのっとって定められた法律というルールを守らなければ罰せられることが強調されている。

 さらに本文の横には、ピラミッドの形の図があり、頂点に「憲法」、真ん中に「法律」、下に「命令・規則」があり、「法の重要さによっていくつかのランクがあります」という説明が付されており、憲法が国の最高法規であることを示している。

 そして、本文には、「法を守る心」という小見出しの箇所で、「法を守ろうとしない人々に対しては、警察や裁判所などの、強制的な力をともなうしくみが必要となります」と、ここでも、ルールを守らないと罰せられることを強調したうえで、こう書いてある。

 「人々が『刑罰があるからしかたなく法を守ろう』という考え方をするようになると、秩序が乱れ社会が混乱します。だれも見ていなければ、あるいはつかまらなければ何をしてもいい、という考えにつながりやすいからです。法を正しく運用されるためには、人々の法を守ろうという意思が必要です。」

 と、このように、法を守るべきなのは、まるで国民だけであるかのように、しつこく書いてある。そこには、国家権力が憲法を守らなければならない、という立憲主義の視点が抜け落ちている。

 育鵬社の教科書を読む限り、憲法を頂点とした法は、国民がひたすら守るべきものということになる。そして、政府が憲法を犯すことについては、何も触れていないに等しい。

 それは政府与党を選挙で選んだのは国民自身、だから政府は何をやってもいい、解釈改憲と称してこれまで当然違憲とされてきたことを合憲にしてもオッケィ、憲法はあくまでも国民を縛るためのもので、憲法は政府を縛るためのものではない、という安倍自公政権の思想にリンクする。そこには、国家の暴走を食い止める手立てはない。

 他方、帝国書院の公民の教科書には、ちゃんと、「憲法は、基本的に国家の権力を制限して人々の権利を守るという性格をもっています。このような憲法にもとづく政治のあり方を立憲政治(※筆者註 立憲政治は太字)」というと、明記している。

 育鵬社の教科書で学ぶと、権力にとって都合のいい、羊のように国家権力につき従うイエスマンが大量に生まれることになるのは、想像に難くない。(写真は育鵬社「中学社会 新しいみんなの公民」より)

  

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教科書より_0002.jpg


 (続く)

posted by ssk at 20:00| Comment(0) | 連載
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