2015年12月07日

原発プロパガンダ「讀賣新聞」 敗戦、占領下 五

 仁科の記事から約4か月後、1949213日付の讀賣新聞朝刊に、東京工業大助教で、のちに原子力委員会委員となる武田栄一が、「原子力の平和的利用」と題する手記を載せた。

 そこでは、原子力について、ウラニウムや中性子、核分裂、サイクロトン、プルトニウム等の解説をした上で、「発電機を回すことによって電力に変えることは容易に考えられる」「原子力の最も手近な用途は電力としてである」といい、「ウラニウム及びトリウム一キロワット時当たり八ミル(一ドル三百円として二円五十銭見当)といわれる。この数字はアメリカの発電価格に較べて若干高いが、実用性を離れたほど高価ではない」という。

 そして、発電以外には、船舶、航空機、機関車の動力として利用することも考えられるが、放射能が出るため、技術的に大きな困難を克服せねばならない、といい、ほかの分野では、生物化学、学芸科学方面でも将来は画期的収穫がもたらされることだろう、と述べている。そして、結びにこう記している。

 「最後に、我々は原子力を平和目的にも戦争目的にも使うことが出来、それがほとんど完全に同一操作により作られることを注意せねばならない。その選択は一つに人類知性の決定に委ねられている」

 要するに、「原子力発電」は「原子力爆弾」と「コインの裏表」の「イコール」にある、と明言している。

 この言葉と、4か月前に仁科芳雄が手記で述べた、科学の画期的進歩により、さらに威力の大きい原子爆弾またはこれに匹敵する武器をつくり、戦争が起こった場合には、広島、長崎とは桁違いの大きな被害を生ずるということを、世界に知らしめる、そして、その核兵器研究の「副産物」として、原子力の平和的利用がある、という論を照らし合わせると、武田栄一のいう原子力発電の真の狙いは何なのかが見えてくる。無論、それは、現代にもダイレクトに通じている。

 例えば、2012年6月20日に成立した「原子力規制委員会設置法」に、「我が国の安全保障に資する」という言葉が入ったのは、その証左といえよう。同法成立に伴い、「原子力基本法」「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」も改正され、「我が国の安全保障に資すること」という文言も入った。「原子力」による「我が国の安全保障」とは、「核武装」を念頭に置いている、と捉えざるを得ない。

 武田の記事から約3か月後、同年521日の讀賣新聞朝刊には、「原子力と交通機関 期待される数十年後の世界」と題し、菊地正士が手記を載せた。菊地正士は戦時中、大阪帝国大学の理学部・原子核研究室の教授としてサイクロトンを建設し陸軍に所属して兵器を開発し、敗戦後は1951年に文化勲章を受章する等、仁科芳雄と経歴が似ている人物。

 菊地は戦中、194121416日付の朝日新聞朝刊で「学術の新体制」と題する手記を載せている。そこには、こう書いてある。菊池が戦時中、どういう地位だったのかを感じるために紹介する。

 「科学の統制の問題が最近いろいろと問題になっているが、一部では科学研究は統制されるべきでないという意見が相当有力に行われているとのことである。(中略)『お前は何をやれ、お前はこれをやれという具合に押しつけられるのでは、到底研究はやってゆけるものでない、研究題目の選定等は全く研究者の自由にまかせてはじめて十分な発達が望まれるものである』というにあるならば、私は大いに意見がある。(中略)

 現在の如き情勢においては、科学者といえども社会の外の部門と協力して、国家目的遂行を、まず第一に念頭において進むべきであることは、論ずる余地のないところである。

 したがって、限られた人的物的の資材をもって、この難局を処してゆく上に、科学界全体を最も能率よく活動させるような一つの組織に統合することが、絶対に必要であるのはいうまでもない」

 そして、こう、首切りを迫る。

 (続く)


  ※2012年6月20日に成立した「原子力規制委員会設置法」と、同法成立に伴う「原子力基本法」「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」の改正で、それぞれ「我が国の安全保障に資する」という文言が入ったことを、2015年12月18日に加筆しました。
 参考資料:衆院質問主意書(平成二十四年六月二十二日提出 質問第三一三号)
 http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a180313.htm



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