2015年11月12日

他人事ではない『鬼怒川決壊』の惨禍

 平成二十七年十月二十六日付、のauのニュースサイト


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 「他人事ではない『鬼怒川決壊』の惨禍」


 を企画、取材、執筆しました。



24日付の朝日新聞朝刊に「私の視点 洪水被害 可能な対策の積み上げを 今本博健」という記事がある。これは京都大学名誉教授(河川工学)で元京都大防災研究所所長の今本博健氏の署名記事。

 それによると、栃木、茨城、宮城を襲い、死者7人、避難者数5600人超、床上浸水被害約4700棟もの被害を出した9月の「鬼怒川の堤防決壊」について、「ダムによる治水には限界がある(略)鬼怒川の上流には四つのダムがある。今回、そこで水をためることでダムより約15キロ下流では、水位を27メートル低下させた。だが、さらに約100キロ下流の破堤地点では03メートルしか下げられず、越水や破堤を防ぐことはできなかった」、堤防についても「高さと幅の不足が原因で、破堤を防げなかった」と述べている。

 ちなみに、この今本氏の見解は、1019日付のジャパンタイムズにより詳しく載っている(月刊誌「選択」の記事を翻訳掲載したもの)。同記事では、冒頭、有史以前から、日本の川は人々の生活を豊かにしたきたが、同時に、洪水のうなりが人々を襲ってきた。それは、川の名前に反映されている。例えば「鬼怒川」は文字通り、鬼が怒る川を意味し、首都圏を流れる「荒川」は荒れ狂う川を意味する。日本人はこれらの川への畏怖を忘れはじめている、といい、こうある。

 「洪水にはダムを建設することが最優先という国交省の連綿と続く政策の矛盾が頂点に達し、堤防決壊に至りました」「雨量がダムのキャパシティーを上回るとき、どんなダムでも対処不能です」と今本氏はいう。

 そして、「国交省が予算配分を変えれば、鬼怒川の決壊はおそらく避けることができたでしょう。少なくとも、決壊の被害を減らすことはできました」という。

 国交省の洪水対策の予算は、年間8000億円超。そのうち、2000億円は、役に立たないダムに使われている。例えば、群馬県の八ッ場ダムだけでも、総額1兆円もかかる。また、国交省は「スーパー堤防」事業に着手したが、これは途方もなくお金がかかる。例えば、東京都江戸川区の120メートルの長さをスーパー堤防化するだけで、47億円もかかる。隣接地域を含めた事業費は2兆円超。しかも完成まで200年もかかる。

 国家財政危機を考えると、スーパー堤防は「絵空事」。ダムとスーパー堤防という国の政策は完全に行き詰っている。

 では、どうすればよいか。今本氏は「莫大なお金をつぎこまなくても、決壊を防ぐ方法があります」という。

 それは、鋼矢板を土堤で補強する「鋼矢板」工法。鋼矢板の工費は、1メートルにつき100万円。スーパー堤防は1メートルにつき3000万円。

 国交省のインサイダー(匿名の内部告発者)によると、国交省が鋼矢板にしない理由は2つ。一つは、ダムをつくり続けてきた責任を追求されるのを恐れていること。もう一つは、スーパー堤防が不要になってしまうため。つまり、国交省が自らの保身と利権を守ることに躍起になったことが、鬼怒川決壊という惨禍を招いた、と告発する。

 さらに今本氏は、鬼怒川決壊で浸水したエリアは地質学的に谷底低地なので、そこに家を建てたことはビックミステイクです、と指摘。昔の日本人は、このエリアを農地として使っていました。農民は、洪水に備えて、垣根をつくり、納屋にはボートを置いていました。しかし、現代の居住者は、なんの備えもしていません。似たような状況は、全国各地にあります。例えば、昨年8月、広島市で地滑りが起き、死者74人、重軽傷者44人という、記録的な災害が起きましたが、昔はそこは人々が住むのを避けていたエリアでした、と指摘している。

 自然災害を畏怖した先人の知恵を忘れ、ダムとスーパー堤防に依存するこの国の形を変えない限り、同様の被害は続いてしまう、という今本氏の警鐘を、私たち日本人は、このまま無視してよいのだろうか?(佐々木奎一)
posted by ssk at 07:00| Comment(0) | 連載
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