2015年09月18日

「池田教団コーメートーは政教一致の憲法違反」への道ひらく安保法制の「解釈改憲」二

 また、平成7121日の参院・宗教法人等に関する特別委員会の席で、自民党の小山孝雄氏は、こう述べている。

 「私は、憲法第二十条に関して御質問を申し上げますが(中略)「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」とございます。この主語は何ですかと聞かれた場合に、だれもが「国及びその機関」、これが主語だと、こう答えるはずでございます。(中略)「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」とございます。この主語は何になりますかと聞かれたときに何と答えるか。だれが見ても「宗教団体」と答えるんじゃないんでしょうか。(中略)

 そして、この「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」と。その中身は、私は二つの意味が書いてあると思います。いかなる宗教団体も国から特権を受けてはならない。もう一つが、いかなる宗教団体も政治上の権力を行使してはならない。(中略)

 素直に読めばまさしくそういう文章、日本語であると、こう理解できると思うんですが、これまでの政府答弁においては、そのような読み方を素直になさっていただけない、別の答えが返ってきているということを申し上げておきたいのでございます。(中略)

 それから第二点は、これまでの政府解釈が、宗教団体が行ってはならないこと、これは公権力を使って布教活動をしたりあるいは他の宗教に介入をしたりすることはいけないんだと、これが第一点。そしてもう一点は、国または地方公共団体から正式な意味において権利を授けられて公権力を行使する、こういうことがあってはならないんだと、こういう解釈でございますが、果たして現代の日本において、宗教団体が地方公共団体または国から正式な意味において権利を授権するということは、これはあり得ない話じゃないんでしょうか。(中略)

 形の上しゃなくて実質的に宗教団体が公権力を行使してはならないんだということがこの条文の解釈であろうと、(中略)たとえ法令などの正式の定めがなくとも実質的に宗教団体が公的な権力を行使することがあってはならないという意味をちゃんと踏んでいるんだ、これは論理解釈上からいってもそうじゃなかろうかと、こう思うわけでございます。

 それでは、実質的に宗教団体が公権力を行使するというのはどういうことを想定されるのかということを一つの事例を申し上げながらお尋ねするわけでございますが、仮定の話といたしまして、ここに例えば王仏冥台宗という宗教団体があったといたします。そして、その宗教団体が宗教上の理念を実現するためには政治上の権力を掌握する必要があるとしてつくられた党が王仏冥会党、そうした政党を使って公権力を行使していく。王仏冥合というのは、王法すなわち政治、王仏の仏は仏法、これは宗教、政治と宗教が微妙に一致することが正しい政治が行われるんだと、こういう理念に基づいてつくられた宗教であり、政党でございます。

 その政党が、国会で過半数を占め、政権を掌握し、その党首が総理大臣に指名された場合、果たしてどうなるかといった問題があります。今までの政府解釈は、そうなったとしても直ちには政教分離の原則には反しないという見解でございました。なぜかなれば、人物が別人格だから、別存在だからと、こういう見解でございました。

 しかし、私はこういうことを想定いたしました。その王仏冥台宗には、かつて総裁だったのでありますけれども、ある事件で社会的批判を浴び、今は総裁を辞任し名誉総裁をしている絶対的な最高指導者がいたといたします。

 絶対的最高指導者というのは、王仏冥台宗においても、王仏冥会党においても、ともに人事、財政、組織の全権を掌握してすべての信者と党員の上に君臨する存在と、こう想定をしていただきます。

 王仏冥会党は、その絶対的最高指導者の意向に忠実に運営されておりまして、それを批判する議員は党から除名される状態にあるといたします。そのため、大臣が政策判断を行う際に、その絶対的な最高指導者がいろいろと指示をし、大臣はそれに逆らうことができないわけでありますから、指示どおりに行政が行われる事態が生じた場合、果たしてこれが合憲と言えるのかどうか。(略)

 さらに、選挙に臨んでは、候補者の選考、選挙区の選定から始まって、選挙戦術、選挙後の政権の動向にまで口を出すお方でございます。宗教団体も政党も思うがままに操るわけでございます。

 時は千九百九十マル年マル月マル日、あすからは天下分け目の戦い、衆議院選挙が始まろうとしているところでございます。絶対的最高指導者は、王仏冥台宗の本部幹部会で全国各地から集まった県幹部と側近がひれ伏す中、どっかと一人大きな安楽いすにあぐらをかき、こんなことを話します。

 候補者にはたいしたのはいないかも知れないけどね。ゴーゴーでさ。ゴーゴー全員大勝利と、こういうことで行きましょう。もう淡々とね、余裕で、たいしたことないよ。

 “大激戦、楽しく勝ちゆけ面白く、日本全土をあっと言わせろ”だよ。

 広島A区の甲藤乙夫。これ大変有名な博士。本当は衆議院なんかもったいなかった。あすこは原爆がおっこったからね。博士がいいだろうってさ。大丈夫だよ広島A区

 三重B区。前回おっこった奴さ。桂三枝、桂三枝と呼んでやんなくっちゃいけない。そういえば当選すんだよ。これからは名前の良い人を選ぼう、山田小作のような。

 東京よ、東京四苦八苦ってね。いつもそれこそ落ちてんだよ。布施博よ、俳優の、似てるのよ、名前も長いよ、六文字もあるよ。東京C区全然燃えないの。火事の後みたい。

 神奈川D区の、西田丁、これ知らないね、余り。出身は農水省。ナニヨ、病院入ったほうがいいよ。衆議院という病院に。まだまだ激励の言葉が続くのですが、これぐらいにいたしますけれども、絶対的最高指導者は和歌もお詠みになります。「我が友が障魔に負けぬ大法戦、君ら戦え天下とるまで」、「邪悪なる自民四月を追い越して、仏の使いの友を讃む」、そして驚くことに、「政教の一致批判も何のその、勝利の凱歌に諸天は見つめむ」と政教一致を信者たちに呼びかけてはばからない。そういう状態も想定をしていただきたいのでございます。

 そしてまた、選挙後の組閣の際にも、労働大臣にはだれだれ、総務庁長官にはだれだれ、郵政大臣にはだれだれを任命せよと総理大臣に命じ、総理もそれに逆らえませんから、そのとおりに国務大臣を任命いたしたといたします。

 法律的には、形式の上では任命権はあくまで総理大臣にございますけれども、実質的な任命権はこの絶対的最高指導者が握っている場合でも、法律的に別個の存在、こういうことが果たして言えるのかどうか」

 なお、この同日、共産党の筆坂秀世氏は、こう追及している。

 「私はさくら銀行の「創価学会財務納金の振り込みについて」という文書を手に入れました。事業統括部長、業務渉外部長、関西業務渉外部長名でさくら銀行の各支店に出されたものです。これを読んでみますと、この財務というのが大変巨額なものだということはこれを読んだだけでも容易に推定できますね。

 期間は、東日本が先月二十八日から今月の十五日、西日本が十二月一日ですからまさにきょうですね、きょうから始まって十二月二十日まで、これが取扱期間だと。ただし、取扱期間から外れてももちろん受け取ります、結構ですというふうに書かれていますよ、振り込んで結構ですと書かれているんです。なかなからゃっかりしていますよ。

 しかも、取扱店の留意事項として、本取り扱いの振り込みデータは創価学会本部ヘデータ伝送され電算機処理されると。見本も、見本といいますか書式ももうちゃんとできているんですね、振り込み用紙がもうちゃんとできているんです。私は元銀行員ですが、余りこんな振り込み用紙はないんですよ。だって、振り込み人の名前と整理番号だって書いてあるんですよ。言ってみればその会員の背番号ですよ。あと書くのは金額だけです。こういう振り込み用紙がつくられているんですよ。あと金額さえ書いて最寄りの……(発言する者あり)ちゃんと聞きなさいよ最後まで。そして最寄りの支店に行けばいいんです。

 そして、行けば創価学会本部で、これ直接すぐ打っちゃうんですよ、それで電算機処理されると。すごいですよ、本当に。だれが幾らやったかと、過去のデータだってボタン一発で出てきますよ。それで、どの地区でどのぐらい集まっているか、この地区は成績悪いとかあるいはこの会員は少ないとか、もう直ちにわかるようになっているんです。これは大変なものです。こういうことがこのさくら銀行の資料でわかります。

 そして、注意事項で、ある支店では取扱期間になると毎日百件以上の受け付けがある、ミスも起こり得るので、これは大変だからミスを起こさないようにと。毎日百件ですよ、毎日ですからね。そうすると一つの支店で何千ですよ。そして、この最後には、さくら銀行の取りまとめ店というのがさくら銀行の場合は四十三店舗ある、これの一覧表が載っています。こういうやり方がされているんです。(中略)最初から名前、整理番号入りの振り込み用紙を渡されている。ある人はこう指摘しています。個々の会員の真心から発したものではなく、冷厳な一元的徴収管理システムだ、これで本来の御供養と言えるのかという疑念を提起しています。私はこれは当然だと思うんです。

 ここに私は、池田名誉会長が一九九三年、ロサンゼルスで開かれた第二回SGI・USA総会、ここで発言されたビデオテープを持っています。なかなかのものですよ。

 どういうことを言っているかといいますと、お世辞を使った方が広布基金をたくさんとれることを私は声を小さくして言っておきますと。こういう言い方がお好きな方なんですが、お世辞を使ってということはつまり言いくるめたということですよ、俗に言えば。そして、たくさんとれと言うんですよ、とれと言うんです。そんな御供養がありますか、とれなんという。自分の真心から出すものでしょうが。(「どこの文献なんだよ」と呼ぶ者あり)知らないからそんなことを言うんだよ。

 本当にたくさんとれというふうなことで、御供養だとかあるいは寄進だとか文部大臣、そんなことを言えると思いますか」

 (続く)


被害者の会HP.JPG

 (写真は創価学会による被害者の会HPより)


 参考音源 http://www.toride.org/AUD/oseziwo.wav 「池田大作問題発言」http://www.toride.org/ikemondai.html  創価学会による被害者の会HPより




posted by ssk at 00:00| Comment(0) | 連載
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。