こうして、フジちゃんと、カミさんの実家のオス猫を、居間のガラス窓越しで、引き合わせることとなった。
すると、実家の猫のほうは、ニャンニャンと親しげに鳴いて近付いた。
だが、意外にも、フジちゃんのほうは、プイっと横を向いて無視した。気に食わなかったのだろうか。
そして、「なんだ、ほかの猫がすでにいる家なのか。こんな家に興味なし」、という感じで、さっさと庭の外に出て行ってしまった。
実家のオス猫が、新手のフジちゃんを追い返そうとするならわかる。が、野良猫で日々ひもじい思いをしているフジちゃんが、こういう態度をとるとは、思わなかった。
人間なら、もっといやしく媚びへつらって、飼われようとすることだろう。
要するに、たとえ雨露をしのぎ毎日食事が出る生活が送れるとしても、自分以外の猫のいる家に住むくらいなら、飢えや寒さに苦しんでも、我が道を行く、というプライドが、ほとばしっている。
司馬遼太郎氏の「街道をゆく」に、モンゴルには「悪く生きるより、よく死ね」という言葉がある、とあったが、猫の生きざまにも共通する。
この気位の高さ――。
人間も猫を見習うべきである。
(続く)