2017年03月09日

ネコノミクスの裏側

 平成二十九年二月二十四月付、のauのニュースサイト


   EZニュースフラッシュ増刊号の「朝刊ピックアップ」で記事 


 「ネコノミクスの裏側」


 を企画、取材、執筆しました。



 去る222日は、何の日だったか、ご存じだろうか?

 答えは、「猫の日」である。無論、2はニャンを意味する。

 その「猫の日」について、毎日新聞社、月刊誌「ねこのきもち」、ペットフード会社・ブルーバッファロー・ジャパンはHPを作成している。

 そこには、こういう言葉がある。

 「ネコノミクスという言葉が生まれ、猫の映画やグッズがたくさん売られ、空前のねこブームです。けれど、その影で殺処分の問題があったり、ネコ科のトラが絶滅の危機にあったり、明るい話だけではありません」

 また、05年に創刊した同誌の真辺陽子編集長は、「創刊当時と今とでは、猫を取り巻く環境も随分と変わりました。特に昨今の猫ブームが後押しし、猫を飼う人も少しずつ増え、書店には猫関連本が並び、猫イベントも年間を通じて増えています。猫に注目が集まることは、猫を愛し、日々猫のことを考えている私達にとって、とても嬉しいこと」という一方で、こう記している。

 「とはいえ、良いことばかりではありません。猫のかわいいビジュアルやしぐさにばかり目がいき、軽い気持ちで猫を飼い始めてはいないだろうか。ブームの影では、殺処分や飼育放棄といった問題があるのも事実なのです」

 このように、猫ブームの裏側には、「猫のアウシュヴィッツ」による殺処分の横行という闇が横たわっている。猫のことを「かわいい、かわいい」といって、ペットショップで猫をあたかもモノのように買う者、ペットショップではないにしてもエゴイズムで猫を飼う者、そういう猫を愛するのではなく自分を愛しているだけのエゴイストは、歳をとったり病気になったりケガをしたりしてビジュアルが変わった時や、もっとかわいい生き物をみつけたとき、それまで散々かわいいといって飼っていた猫を用済みと見なし、どこかに捨てたり殺処分する。ほかにも、引っ越し先は猫が飼えない、だとか、海外に住むことになり飼えなくなった、子どもができて猫アレルギーになるかもしれない、などといった身勝手な理由で、ある日突然、猫を捨てたり、殺処分送りにする者もいる。

 残念ながら、こうした度し難い悪質な人間は、世の中に一定割合いる。だから、猫ブームになると、不幸な猫がさらに増えることが懸念される。

 捨てられた猫は、無論、野良猫となる。猫は繁殖力が旺盛なため、どんどん子どもを産み、増えていく。そうした野良猫のなかで特に子猫が、殺処分されるケースが多い。

 その不幸の連鎖をストップさせるため、現在、日本各地で、猫ボランティアたちが、「地域猫活動」をしている。これは一定の場所でエサをやり、避妊去勢手術をして、一代限りの猫生を全うさせる活動である。

 だが、その主旨を理解せず、エサやりは、近隣に迷惑だ、野良猫は邪魔だ、などといって、エサやりと野良猫を排斥する者は実に多い。エサやり禁止条例を制定する京都市のような自治体まである。

 だが、京都市のような、エサをやるな、野良猫は勝手に生きるから放っておけ、というやり方は、アウシュヴィッツ収容所のように猫を殺しまくる結果を招く、と観る識者は実に多い。

 要するに、猫ブーム、ネコノミクスというならば、その分、飼い主のしつけが必要不可欠である。つまり、排除すべきは、度し難い飼い主である。

 もしも飼い主を資格制にして、しっかり教育を受けた者のみが、猫を飼う権利を持つ世の中になれば、不幸な猫をなくすることができるだろう。(佐々木奎一)

posted by ssk at 20:40| Comment(0) | 記事