話が横道にそれるが、この連載は諸事情で当初の予定より時間がかる見込みとなってしまった。そのため、以前に他媒体で執筆した原稿を、ここに載せることにした。それは昨年夏の7月12日付でニュースサイトEZニュースフラッシュ増刊号「ウワサの現場」で執筆した「海を汚染する「マイクロ・プラスチック」の実態」という、筆者の企画取材執筆の元原稿。昨年書いたものだが、無論、問題の本質は全く変わっていない。
生命の源である「海」に微細なプラスチックが蔓延している事をご存じだろうか?
米国アルガリータ海洋調査財団のチャールズ・モアは1997年8月、ハワイとカリフォルニアの中ほどの太平洋の真ん中の海面に、奇妙なかけらや切れ端が、蛾の死骸のようにひらひらと浮いているのを発見した。モアがそのことを世に問うたところ、米メディアは、この海域を「太平洋ごみベルト」と呼び、世の中に知られるようになった。
モアは海に漂うプラスチックのことを本に著した。そこには「太平洋ごみベルト」について、こう書いてある。
「その呼び名は、実際とは違った印象を与える。それはプラスチックでできた薄いスープである。プラスチックの破片で調味し、ブイ、もつれた魚網、浮き(中略)、その他もろもろの大きめの残骸といった『ゆで団子』があちこちに浮いているスープである」(「プラスチックスープの海―北太平洋巨大ごみベルトは警告する」(著:チャールズ・モア、カッサンドラ・フィリップス・訳:海輪由香子/NHK出版刊))
この大洋に浮かぶスープの具であるプラスチックの破片は、「マイクロ・プラスチック」という。
当コーナーでは、これまで12年6月24日付「食用魚も海外にも…日本人が知らない海洋ゴミの現実」、今年5月31日には、洗顔剤や歯磨き粉のスクラブ剤に入った「マイクロ・プラスチック・ビーズ」を取り上げた。
前者の海洋ゴミは、大きなプラスチックゴミが海岸に大量に打ち上げられている問題で、これはマクロ・プラスチックという。マクロ・プラスチックは紫外線や熱、波の力などにより細かな破片になっていく。これが「マイクロ・プラスチック」である。
後者のスクラブに入ったマイクロ・プラスチック・ビーズは、マイクロ・プラスチックという大きな括りのなかの一部分である。
なお、同書には、海洋のプラスチックの有害性を研究している第一人者である日本の専門家が紹介されている。その名は東京農工大学の高田秀重教授(56歳)。
東京都府中市内にある同大キャンパスでの高田教授への取材に基づき、「マイクロ・プラスック」の実態をお伝えする。
高田氏は、80年代初めから環境の研究を始め、プラスチックに関連する物質の研究も80年代から始めた。そして、海にあるプラスチックそのものに的を絞った研究をはじめたのは97、98年頃からだった。
「別の研究機関にいる私の大学の先輩が、『これから問題になるかもしれないから分析してみない?』と言い、海岸にあるプラスチック・レジンペレット(プラスチック製品の中間材料)を渡しました。それを分析してみると、たしかに高い濃度の色々な汚染物質が検出されました。しかも、もともとのプラスチックの添加剤に入っていない汚染物質も出てくることもわかりました。
これは『汚染物質の運び屋』になるんじゃないか、ということで98年から問題にし始め、01年に発表しました。同時期、『プラスチック・スープ』を書いたチャールズ・モアたちが、太平洋にプラスチックがたまる場所もがある、と報告をしました。そのころから段々、国際的にも関心的が高くなっていきました。
03年には、目に見えない1mm以下の顕微鏡サイズになったマイクロ・プラスチックが、海の生物に入っていく、あるいは砂のなかにある、ということが報告されました。10年以降は、さらに関心が高く鳴り、色々な国際会議や国際機関での検討会が開かれ、今年はG7の議題になり、国連の海洋汚染の専門家会議で国際的な評価が行われるようになってきています」(高田秀重氏)
また、高田氏は環境団体「インターナショナルペレットウォッチ」を立ち上げ、世界各地の海岸漂着プラスチックをエアメールで送ってもらうことを呼びかけ、海洋汚染調査もしている。
高田氏によると、現在、世界では年間3億トンのプラスチックが生産されているという。そのうちの半分は、食品のパッケージやコンビニの弁当箱、レジ袋、ペットボトルなどの容器包装である。このうち1年間に800万トンのプラスチックが海洋に流入している。その経路は、ゴミのポイ捨てや、ゴミ箱から溢れて外に出たゴミなどが、雨に流される。
「4大プラスチックのうちの2つ『ポリエチレン」『ポリプロピレン』は、全体の生産の半分を占めているのですが、それらは水よりも軽いんですよ。なので、雨が降ると、雨に流されて水路に入り、それから川に入り、海に流れていきます」(高田氏)
こうして膨大な量のプラスチックが海洋を漂っている。
「プラスチックは、プラスチックそのものでは、なかなか性質を維持できないので、燃えにくくする等のために、大抵のプラスチックは添加剤を加えています。その添加剤のなかには有害なものもあります。それから、プラスチックは、海のなかにある有害な化学物質をくっつけます」(高田氏)
たとえばプラスチック容器にはノニフェノールという環境ホルモンが出ることもある。これは子宮内膜症、乳がんの増加、精子数の減少、生殖器の萎縮といった弊害が指摘されている。
また、マイクロ・プラスチックは、「ポリ塩化ビフェニル」という、奇形、ガン、免疫力の低下、脳神経系に影響する物質も付着する。
こういった様々な汚染物質がマイクロ・プラスチックに付着するため、その汚染濃度は、周辺海水中の10万倍から100万倍に達する。
すでにマイクロ・プラスチックは、海に生息する二枚貝の体内からも検出されている。魚介類の体内にあるということは、生態系の上位にいくほど濃縮した汚染物質を摂り込み、巡り巡って人間の体内も汚染する事態になることが予想される。
「海洋のマイクロ・プラスチックの量は、今後20年で10倍になります。海洋汚染を軽減していくためには、プラスチックの使用を減らしていく必要があります」と高田氏は警鐘する。
海がこれほどまでに汚染されてしまう事態。これは人類にとっても、ただでは済まないのではないか――。手遅れにならないうちに、手を打つ必要がある。(佐々木奎一)